北国街道の宿場町としての歴史もある柏崎市。新潟方面への釣りは何度かあるけど、柏崎市はいつも通過してしまうだけで市街地まで入ったことはありません。

今回は柏崎で「柏崎宿の風景」を探して街歩きをしてみることにしました!

こんにちは。けいちん(@Kco_nakajima)です。

久しぶりに日本海側の新潟方面へ釣りに行ってみよう!ということになったのですが、釣りだけで終わってはもったいないので

(ほっとくと本当にずーっと釣りになってしまうので)

どこかに街歩きや探索ができるところはないか探していると、巨大テーマパークの廃墟があるところとしてヒットしたのが柏崎市でした。

でも「廃墟」に紐づいて出てくる「心霊スポット」の文字。

心霊……廃墟探索は、やめておこう………

ですが、いつも通過してしまうだけの街だった柏崎市に、深く印象に残るエピソードを発見したのでレポします♪

「柏崎宿の風景」を探して街歩きへ出発!

みなとまち海浜公園に車を駐車させてもらいました

みなとまち海浜公園

みなとまち海浜公園は柏崎市の海岸線の真ん中にある公園です。駐車場は無料!トイレもきれい(←ここ重要♪)もちろんトイレも無料!

みなとまち海浜公園

柏崎刈羽原子力発電所が遠くに見えます。

みなとまち海浜公園

海浜公園内の「シーユース雷音」は海を一望できる3階建てのホテルです。

シーユース雷音の宿泊などの情報はコチラ

季節ならではのお料理や宿泊のプランもあるようですよ!

シーユース雷音

「夕陽のドーム」では多くのイベントが行われているようです。普段は解放されてて大きな屋根を日よけにしてキャッチボールをしている親子やそれを眺めてる人たちが憩っていましたよ。

夕陽のドーム

和太鼓や笛の、お囃子の練習なのでしょうか?小気味よいリズムがとても印象深く今でも耳に残ってます。

「柏崎宿の風景」にもこんな和太鼓のお囃子が聞こえていたのでしょうか。なんだかわくわくしてきました。

街のほうへ出発!

このあたりの土地は海岸のほうが高くなってるようで、公園から街のほうへは坂を下るように歩いて行きます。少し広い通りに出ますとそこが北国街道ですのでそちらへ向かいます。

かしわざき市民活動センター まちから(旧柏崎公会堂 喬柏園)

街道を歩いているとあきらかに古そうな建物がありました。登録有形文化財のプレートもありましたのでだいぶ古い建物のようです。

かしわざき市民活動センター

現在は公益活動を行う市民活動団体やNPO団体の活動拠点となる施設とのことで、中越沖地震の際の記録がメモリアル展示されているそうです。

建物は昭和13年(1938年)の竣工。その当時の写真を見つけました。

かしわざき市民活動センター
かしわざき市民活動センター

高橋忠平・喬柏園(柏崎公会堂) 関係資料より

アングルまで同じ!

時代を超えて変わらぬ姿でたたずむ。

ですが、この建物は昭和になっての竣工ですので「柏崎宿の風景」とまではいかないですね。

「柏崎宿の風景」を見守っていたねまり地蔵と立地蔵

市民市民活動センターのすぐ横には社があり末廣稲荷大神と書かれてます。社そのものは「柏崎宿の風景」よりもっと新しい時代のもののようです。

ねまり地蔵

地図によると、この社の場所にねまり地蔵があり、そのお地蔵さんは江戸期以前のものとのことですが………お地蔵さん??ドコ ?  ?

あっ!

ねまり地蔵

↑コチラにねまってらっしゃいました。

主役のねまり地蔵さんを正面から撮っていなかったとは…失礼しました !

案内看板には《火除け地蔵の別名もある》と書かれていましたが、お地蔵さんへ祈願するほど火事が多かったのでしょうか。

このねまり地蔵さんから少し歩いたところに立地蔵さんもいらっしゃいます。

立地蔵

ねまり(座り)姿勢と対のような立姿勢のお地蔵さん。

近くの案内看板に《明治11年、明治天皇の北陸御巡幸の際に現在地に移された。》と書いてあったので立地蔵さんも江戸時代、宿場町時代からのものようです。

どちらのお地蔵さんも、現在の場所に移される前は街道の中央に立って人々の信仰を集めていたとのこと。今のように車もなく歩いて行きかう人々を、街道の真ん中で見守っていらっしゃったのですね。

「柏崎宿の風景」を感じました!

北国街道の街並み

街道沿いには間口の幅はだいたい同じで奥行のある建物が並んでいました。

柏崎宿の風景

街道沿いから入る小路を覗くと突き当りには大きな瓦屋根の立派な寺院も多くあったり、こういう街並みも宿場町のなごりですね。「柏崎宿の風景」です!

街道を歩いていて気付いたのは、ぽつぽつと空き地や駐車場になっているところが多かったこと。

「以前はそこにも建物があり街道沿いの街並みが続いていたのだろうなぁ」などと思いながら歩いていると市民プラザやショッピングモールなど新しい街並みになってきました。

古い街並みを探して、街道沿いから小路のほうへ入ってみることにしました。

ときどき「おぉ!」とおもうような建物に出会うのですが「柏崎宿の風景」というにはちょっとちがうかな?

柏崎宿の風景

引き戸の上の装飾部分が印象的な建物。

柏崎宿の風景

福祉施設の庭の松が素敵でした。

が、ここでまた、失敗!

この福祉施設の西隣に蔵のような建物があったのですが、江戸時代の蔵を改造したギャラリーだそうですが、「柏崎宿の風景」を撮りそびれてしまいました…涙。

釈迦堂跡(貞心尼ゆかりの地)

柏崎宿の風景貞心尼ゆかりの地

貞心尼さまというのは、子どもが大好きなお坊さんで有名な良寛さまとゆかりのかたで、柏崎市の観光コースにはお寺や歌碑など柏崎に残る《貞心尼さまゆかりの地をめぐるツアー》もあるらしいですよ。

ここも、釈迦堂、ということで、お堂そのものはもうないので、「柏崎宿の風景」とはちょっとちがうかな…。

《新花町》で「柏崎宿の風景」をさがして

柏崎市役所の横を通り閑静な住宅街に入ると、その先のほうに《新花町》という地名が ! これは《花街》に由来を持つ土地なのでしょうか。だとすると、なにか「柏崎宿の風景」みつけられないか、と期待 !

町にはいると、先ほどまでの閑静な住宅街とはうってかわって、いわゆるDEEPな風情が。

柏崎市の風景

現在営業はしているのでしょうか。

柏崎市の風景

中に入らなくてもメニューがわかる中国料理屋さんと同じ屋根の下にあるホルモン料理のお店。

柏崎市の風景

DEEPな街好きのため執拗にうろうろしてましたが「柏崎宿の風景」というのとはちがうかな、このあたりは。

と、DEEP地帯を離れ、ひらけた通りに出る。宅地と宅地の間にあるのは、緑地帯でしょうか。花壇や小さな畑になってる部分もあり、もともとはなにかあったのでしょうか。

柏崎市の風景

緑地帯のある通りに面した、老舗旅館。

柏崎市の風景

門がまえが素敵 ! けど建物自体は「柏崎宿の風景」より新しい造り。

《花街》を感じるたたずまいの旅館の前を息をひそめながら(←なぜか)通り過ぎると緑地帯の先に鳥居が見えてきました。

柏崎市金刀比羅宮

「金刀比羅宮」

鳥居は新しいですが、社殿までの石畳や石柵は年代物っぽいです。

「 !!! 」

柏崎市金刀比羅宮

この石柵、寄付した人の個人名や企業名が刻まれているのをよく見かけますが、これ「〇〇楼(旧字)」ってあるのは芸妓の屋号。

柏崎市金刀比羅宮

中には見えにくいものもありますが、こんなにはっきりと残ってるとは !

後日改めて石柵に刻まれたお名前のことを調べると

柏崎遊郭は新潟県刈羽郡柏崎町字新花町に在って……

柏崎は人口約三萬、石油の都市として有名な処である。工場が多いだけに遊郭も仲々発展して居る。

ここの遊郭は天保年間に駅馬宿を開かれた時に始まって明暦の頃には既に同業者が五軒あった。勿論その当時は宿場として散在して居たのであったが、明治四十四年の大火に類焼したので、県令に依って柏崎本町から現在の新花街へ移転したものである。

『全国遊郭案内』(昭和5年 日本遊覧社刊)より引用

記載の数字、地名は昭和5年現在

ねまり地蔵さんが《火除け地蔵の別名もある》というのもこういった大火があったことに由来するものなのですね。

個人のお名前で石柵を寄付したかたたち、信仰というだけではなく置かれた身の上からすがるような気持ちがそこにあったのです。

ということで、新花町そのものは明治の終わりに都市計画的に造った町なので、そもそもここには「柏崎宿の風景」はなかったということでした。

まとめ

たまたま釣りで通るだけの柏崎だったのが今回の街歩きで歴史的な一面、おもいもよらずDEEPな一面、またハッとしてしまうようなエピソードに触れることができて、「柏崎宿の風景」を探す街歩きは、いままで知らなかった柏崎市を深く知ることができた街歩きでした。

「柏崎宿の風景」を探す街歩きルートはコチラ

最終地点の金刀比羅宮からは海沿いの国道をぶらぶらと車の駐車してあった海浜公園まで戻り、トータル2時間ほどのお散歩になりました。

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